詩集『核家族』について
Twitterからいらっしゃった方へ、まず一言言っておきます。
昨晩は感情的になってしまい、すみませんでした。
しかし、テコ入れのように時々怒っておかなければ(刺激を挿入しなければ)、持続して読者の目を引くことは困難なのです。
私はある程度計算の上でキレたり、人を煽ったりする人間です。
昨晩の怒りについて皆さんは、私が名前のある人に嫉妬してキレた、あるいは、日本人が名前のある人にしか関心がないことにキレた、と思われているかもしれませんが、本当のところは、こんな求心力のなさで、3月にネット通販で売ろうとしている詩集『核家族』が全て捌けるだろうか、という裏事情があっての怒りでした。
こういった事情も、私のニコニコでの配信を見ていればわかることでしょうが、なかなかニコ動での活動と、Twitterでの活動と、ブログ(Goggle+)での活動が、繋がってくれません。
私の部屋の片隅には、詩集『核家族』が約180部、不気味な負債のように積まれております。
私はそれを観るといつもゾッとし、何度悪夢に唸らされたかわかりません。
私も以前はよく売り込みにいったものです。海老名のサブカルチャーに関連するお店――例えば、ヴィレッチバンガードさんや、チャイハネさんや、あるいは、市の図書館など――さまざまな店に、置いてもらえないか、と交渉に行きました。
しかし、ほとんどの店にとっては迷惑以外の何者でもなく、どの店も半月置いてくれればいい方でした。それは当たり前のことでしょう。誰も手にとってくれないものを長期間置いてくれるわけがありません。
私は現実での限界を知った思いでした。繰り返しになりますが、日本人は名前のある人にしか関心を持とうとしないのです。
こういった背景から、私はネット通販を利用することを決意しました。
中編小説『人に迷惑をかけるな』がまがりなりにも400pvを達成したことを考えれば、無料の詩集180部もなんとか捌けるのではないか、という私の計算は決して自惚れではないと思うのです。
しかし、最近のTwitterでの私に対する関心の薄さに、なんだか奇妙に自信がなくなってきました。
私のフォロワーの中核は、「小説家になろう」というサイトに属している方々です。
語弊を恐れずに言えば、彼らは「正統な文学」の歴史には属しておらず、いわばアニメ的リアリティーにどっぷり浸かっている世代です。
反して、私の根本精神は実は保守的で、文学の歴史に連なりたい思いが強く、作品も純文学の色が濃い。
要は、本当はお互いに分かり合えていない、ろくすっぽ作品も読み合っていないくせに、お義理一片でRTしてはし返す、という上っ面だけの関係なのです。
それでも、彼らをマーケティングしないことには、私には道がない状況です。
彼らをどう引き込むか、はたまた、180部の詩集をどう捌くか、――これを考えるだけで私はまた夜な夜なれいの悪夢に唸されることになるわけです。
果たして、この先どうなるのでしょうか?
